日本遺産 飛騨匠の技・こころ - 木とともに、今に引き継ぐ1300年 -

vol.01 野川塗師屋漆職人・野川 俊昭さん

絢爛さと使い勝手を両立させる塗師の心意気

「げばいた(失敗した)仕事やと言われんよう、誠実に続けることですね」

仕事場にて、野川さん近影
仕事場にて、野川さん近影

市中心部の東にある東山寺院群や高山ゆかりの人物の墓などを巡る東山遊歩道。そのほど近く、歴史を感じさせる軒並みにある、白木の引き戸が印象的な「野川塗師屋」を訪ねた。

「漆はホコリを嫌うで、工房に人を入れたがらん職人さんもおるでしょうけどね」

と塗師(ぬし)の野川さんは笑いながら、漆の仕事を知ってもらえるならと快く工房へ通してくれた。

白木の引き戸が印象的な「野川塗師屋」
白木の引き戸が印象的な「野川塗師屋」

実は、漆の原液はそのまま塗りに入れない。ごみを取り、和紙でこし、日光であぶるなど、納得のいく品質を求め、極限まで漆を「精製」しなければならない。

「精製後もごみ・気泡・縮み・色ムラ・艶の質に加え、気温や湿度などとも戦いながら、漆を扱わなきゃならんのです」。ようやく塗りに入ってからも、その後の乾き、重ね塗り、磨きなどの工程を、途方もない手間と時間をかけて仕上げていく。

野川塗師屋

「とくに高山の屋台は文化財だから修復が基本。新しく作り変えることは基本的にできんのです。しかも展示物と違って実際に使われるもんやで、屋台を引く人の身も考えなきゃならん。絢爛さと使い勝手を両立させる難しさは、高山の屋台ならではかもしれません」。

難しさがともなうほど職人の腕は試されると野川さん。

「高山の屋台の仕事は毎回はじめてのことばかり。その度に新たな技法を試し、道具も増える。大変だけど飽きは来んですよ」。

野川塗師屋

高山の屋台に長年関わるなか、忘れられないことがあった。

「崑崗台(こんこうたい)という屋台の修復のとき、私の生前に亡くなった祖父の書いた裏書があって。たぶん50年以上も昔のこと。そんな祖父の仕事に触れられるなんて、いい仕事やなと思いましたね」。

一方で、野川さんは身が引き締まったという。

「この仕事は良くも悪くも評判が後世に残ってしまう。もし悪い仕事やったら、自分の後の世代に文句を言われかねん。幸い祖父や父は良い仕事を遺してくれたもんで、自分が文句を言われたことはありませんね」。

野川塗師屋
仕事場にて、野川さん近影

誠実に続ける。野川さんは何度も口にした。

「高山のすべての職人の評価や伝統文化の継承につながるだけでなく、次の世代が職人に興味を持ってくれるためにも、やっぱり大事なんは、こっちの方言で、げばいた(失敗した)仕事やと言われんよう、誠実に続けることですね」。

仕事場にて、野川さん近影
仕事場にて、野川さん近影
屋号
野川塗師屋
名前
野川 俊昭
住所
岐阜県高山市天性寺町15
電話
0577-32-3986
プロフィール
明治ごろに創業した祖父の代から続く当代3代目。高山の屋台をはじめ、埼玉県川越市、山梨県都留市、神奈川県中井町、香川県豊浜町など、高山市外の屋台の漆塗りの仕事も数多く手がける。
主に関わった高山の屋台
神楽台(かぐらたい)、三番叟(さんばそう)、崑崗台(こんこうたい)、大国台(だいこくたい)など ※いずれも春の山王祭
高山祭
日枝神社の例祭である春の「山王祭」(毎年4月14日・15日)、桜山八幡宮の例祭である秋の「八幡祭」(毎年10月9日・10日)の二つの祭を指す総称。300年以上の歴史を誇る。高山祭や祭屋台は「国指定重要無形民俗文化財」「国指定重要有形民俗文化財」に指定。高山祭の屋台行事を含む国内の山・鉾(ほこ)・屋台行事は「ユネスコ無形文化遺産」に登録。
高山の屋台
大工・漆・彫刻・錺(かざり)金具・鍛冶など高山の職人の技術の粋を集めて作られた傑作。曳(ひ)き廻(まわ)しといった伝統行事などが行われる屋台は高山祭の象徴的な存在。春の山王祭の12台、秋の八幡祭の11台の計23台が現存。