日本遺産 飛騨匠の技・こころ - 木とともに、今に引き継ぐ1300年 -

23, 大雄寺山門

飛騨匠の技が光る楼門造

大雄寺はかつて吉城郡上広瀬村にありましたが、高山城主金森氏の入国後、現在地に移され浄土宗の道場になりました。

大雄寺山門の写真その1
大雄寺山門の写真その1

市内唯一の楼門造で、法華寺の本堂と共に東山伽藍の代表的な建物です。12本の丸柱は太く、カツラ材でできています。通常のヒノキやスギではなく、カツラやクリ、マツなど多彩な木材を使うことも、木材を知り尽くした飛騨匠の技の大きな特徴です。

落とし込み板で囲まれた仁王座前の南北が、透かし菱形欄間になっているのは、透かしを通して東山の景観を見せようとの配慮からです。両脇には仁王像を安置しています。

寛政3(1791)年の大風で倒壊しましたが、17年後の文化4(1807)年、二代目水間相模守により再建されました。

大雄寺山門の写真その2
大雄寺山門の写真その2

41の構成文化財